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丹後を観る

天橋立エリア
天橋立 天橋立 松並木
天橋立 松並木

天橋立は日本海を流れる対馬海流から派生した海流が宮津湾に入り砂を運んでくると同時に、阿蘇海(内海)に流れ出る野田川の土砂とが長い時間をかけて堆積しこのような形をつくりあげています。丹後風土記によると、その昔、天への架け橋といわれてました天橋立はイザナギ、イザナミの神が天への上り下りに使われた浮き橋であると言われ、ある日イザナギノミコトが昼寝をしている間に倒れて天橋立となったという神話が残っています。全長約3.6km、幅20〜170mの砂嘴でできた砂浜には、大小8,000本もの黒松が生い茂っており、日本の名松百選にも選ばれています。天橋立の端から端(文珠〜府中)までは、徒歩で約1時間、自転車で約20分。天橋立の松の中には、大正天皇お手植えの松や昭和天皇お手植えの松も植わっています。その他にも約18本の松には、土地や様々な楽しい形状にちなんだ名前を持つ名松もあり、天橋立の散歩をより楽しませてくれます。

涙ヶ磯(身投石)

文珠街道のこの磯を涙ヶ磯といい、正面の牛の背のような石を身投石と呼んでいます。涙ヶ磯・身投石について、丹後の近世誌類は二つの伝承を伝えています。一つは謡曲「丹後物狂」の関連の伝承です。岩井左衛門はこのあたりの長者で、文殊太士に祈って男子花松をもうけました。花松は、成相寺で修行のころふと吐かれた父の叱責の言葉に、この磯から身を投げて死のうとします。それを筑後の船頭にとりあげられて、かの国に赴き彦山で修行し、そして忘れやらぬ父を尋ねて再びこの地に来ました。一方子を失った父は悔やんで狂乱。我が子を尋ねて果さず、再びこの地に舞い戻りました。その二人が文殊堂で対面するという筋です。もう一つの伝承は、文治元年(1185)3月、壇ノ浦の合戦で源氏に敗れた平重盛の五男小松忠房に仕えていた侍女涙ヶ磯(花松ともいう)は忠房の遺児2人を道連れと見せかけて、ここで身を投げて死にました。遺児2人は矢野弾左衛門に連れられて世屋谷へ逃れ頭をそって木子の教念寺、駒倉の唯念寺の僧となったという話です。今は渚にあるこの二つの石は陰陽石として地元でも珍しがられています。

天橋立 智恩寺(文殊堂・山門)
智恩寺(文殊堂・山門)

日本三文殊のひとつで通称切戸(又は久世戸)の文殊堂として知られている文殊菩薩の霊場です。智恵を授かる文殊さんとして有名で、受験や資格試験などの受験生やその御家族がお参りに来られます。茶屋通りに面する山門は、黄金閣とも呼ばれる市の指定文化財で、楼上に釈迦如来を中央に両脇士・十六羅漢を安置する、禅宗様式・三間三戸二重門の丹後地方最大の山門です。多宝塔は室町時代中期の明応九年(1500年)、府中城主延永修理進が自分の病気全快を感謝し、一の宮の別当大聖院の智海に託して建立寄進したもので、国指定の重要文化財となっています。その他、境内には和泉式部の歌塚やマリア灯籠などがあります。

智恵の輪 灯籠

智恵の輪灯籠の輪を3回くぐれば文殊様の智恵を授かるという言い伝えがあります。享保11年(1726)刊行の「丹後興佐海名勝略記」巻頭を飾る「丹後興佐海天橋立之図」、「天橋立之智恩寺」海岸に、すでにこの輪灯籠が見られます。江戸時代には、輪の中に明かりがともされ、やみを照らし文珠水道(天橋立運河)を行き来する船の標になっていたと言われていますが、龍神を呼び寄せるため、明かりを灯していたとも言われています。

廻旋橋
天橋立 廻旋橋

船が通るたびに90度旋回する珍しい橋で、天橋立と文殊堂のある陸地をつなぐ橋です。かつては「久世戸の渡し」といわれ、てんころ舟で天橋立に渡っていました。大正12年に手動でまわる廻旋橋ができましたが、橋の下を通る大型船舶が多くなり、昭和35年5月から電動式となりました。多いときには日に50回ほど廻り、観光客の皆さんの目を楽しませると共に、絶好の写真、ビデオスポットとなっています。

磯清水
天橋立 磯清水

日本名水百選に選ばれている「磯清水」は四方を海に囲まれた場所にもかかわらず少しも塩味を含んでいないことから古来不思議な名水とし、「長寿の霊泉」とされています。今も絶えることなく、天橋立を訪れる多くの人々に親しまれ、昭和63年には環境庁認定「名水百選」の一つとして、認定を受けています。俳句にも「一口は げに千金の磯清水」などともることから、橋立に遊ぶ人々には永く珍重されてきたことが明らかな名水です。

京都府立丹後郷土資料館(丹後王国)
天橋立 京都府立丹後郷土資料館(丹後王国)

国の史跡、丹後国分寺跡に建てられた府の施設で、昭和45年設立されました。 丹後地方を中心とする考古資料、歴史資料、民俗資料を多数収蔵・展示しています。 通常の常設展のほか、特別展や企画展などが随時開催れており、丹後のすばらしい歴史と文化にふれることができるでしょう。 敷地には、平成7年に移築復元され京都府指定有形文化財になった丹後のかやぶき民家「旧永島家」もあります。
開館時間:AM9時〜PM4時30分
観覧料:普通展/大人200円 小人50円、特別展/大人250円 小人70円
休館日:毎週月曜日(月曜が祝日等の場合は、翌日以降の祝日等でない日)
20名以上、団体割引有り65歳以上の方、障害者手帳をお持ちの方等は無料小中学校等が、学校教育活動として、観覧する場合は無料

溝尻の舟屋(阿蘇の舟屋)

阿蘇の舟屋=溝尻地区は、有名な「伊根の舟屋」とは少し雰囲気が違った情緒と素朴さがあります。外海の魚、時には鯨まで追い求めていた伊根を「動」とするなら、穏やかな内海でいわしやあさり、幻の貝くろくちなどを取る漁をしてきた溝尻は「静」の港。ここから見る天橋立はさながら屏風絵のごとく横に広がり、じっと見ていると時間の経過を忘れてしまいそう。遊覧船からもよく見え、漁民の生活をうかがい知る事ができます。

大内峠一字観公園
天橋立 大内峠一字観公園

岩滝の自然を満喫するための展望台やキャンプ場などの整った体験型レジャーパークです。大内峠は天橋立の絶好のビュースポット。 天まで続く橋を一目見ようと多くの人々が訪れています。
若狭湾国定公園に指定されている大内峠やここからの眺望は、与謝野鉄幹や晶子たちにも愛され、歌碑や句碑が点在しています。

成相寺
天橋立 成相寺

西国28番の札所として有名な「成相寺」、願い事が必ずかなう(成り相う)お寺としても知られています。創建は慶雲元年(704)という真言宗の古刹。身代り観音とよばれる聖観世音菩薩がご本尊です。他にも悲しい伝説を秘めた「撞かずの鐘」や、通称「底無しの池」などが有名。他にも、正面を向いている龍として珍しいとされている左甚五郎の「眞向の龍」、雪舟筆「天橋立図」にも描かれた五重の塔は平成12年に外観が完成しました。本堂、鎮守堂、鐘楼は府指定文化財となっています。撞かずの鐘は、慶長十四年(1609年)、お寺で新しく鐘を作ることになり、村人から寄付を募りました。一回、二回と鋳造に失敗し、三回目の寄進を募ったとき、ある長者の妻はお金の代わりに自分の子供を寄進すると言って、寄付を断りました。やがて鋳造の日、人々が見物に集まりました。その中に例の長者の妻も子供を抱えて見物をしていました。ところが長者の妻は誤って煮えたぎるルツボの中に我が子を落としてしまったのです。このような悲劇もありましたが出来上がった鐘は美しい音色を響かせていました。しかし耳を澄ますと子供の泣き声のように聞こえたそうです。人々はあまりの哀れさに子供の成仏を願って一切この鐘を撞くことをやめ、それ以来「撞かずの鐘」と呼ばれるようになりました。

板列八幡神社と木造女神座像
板列八幡神社

天保5年(1834年)修造の神明造りの本殿、拝殿、幣殿からなり、誉田別命(応神天皇)と息長足姫命(誉田別命の母・神功皇后)を祀っています。木造女神座像に加え狗犬、神鏡などの文化財を所蔵しています。木造女神座像は息長足姫命と仲津姫命の姿であると伝えられる女神座像で、端麗な刀法により平安・藤原時代のものと考えられます。国の重要文化財に指定され、板列八幡神社の社宝になっています。

板列稲荷神社

稲逎売命を祀り、流造りの本殿、切妻造りの拝殿、幣殿からなります。毎年5月1日の例祭に境内の水無月神社で奉納される岩滝獅子神楽は、丹後地方の神楽の源泉ともいわれ、町の無形文化財にも指定されています。

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与謝野エリア
丹後ちりめん歴史館
与謝野 丹後ちりめん歴史館

ここに来れば、シルクのすべてが解る。老舗の織物工場を整備して2001年11月20日にオープン。伝統の絹織技術に最新のデジタル染色施設を備えた、「織り」と「染め」の一貫生産工場。昭和10年当時の風情をそのままに、入場無料で一般公開。

雲岩公園
与謝野 雲岩公園

ヤマツツジの名所で京都百景の一つ。春には約5千本が花を咲かせます。奇岩や巨石が多く点在し、伝説によると「橋立九世の戸に、文殊菩薩を迎えたとき毘沙門天が雲に乗って菩薩を守り、その雲が岩と化した」ものとされています。

出雲大社巌分祠
与謝野エリア 出雲大社巌分祠

貴宝殿、後藤神社、白雲宮御神水所の3社からなる出雲大社の分祠。鮮やかな朱塗りの柱が美しい貴宝殿は不老長寿に、後藤神社は縁結びにご利益があるとして町内外を問わず広く信仰を集め、白雲宮は、山から湧き出るご神水が病気平癒と長寿にご利益があるといわれています。

ちりめん街道
与謝野 ちりめん街道

ちりめん街道 重要伝統的建造物群保存地区に指定された、どこか懐かしい町並み。

ちりめん創業記念碑

今から280年ほど前に、京都西陣からこの丹後に製織技術を伝えた先人達の功績をたたえて創業記念碑が建てられました。

加悦町染色センター

染色センター 町直営の染色研究所。雲海染めを開発。見学、体験もできます。

旧加悦鉄道加悦駅舎
与謝野 旧加悦鉄道加悦駅舎

加悦駅舎 加悦鉄道資料館。「加悦鉄道」を紹介する鉄道資料室があり、また、地域の観光案内所としてかつての雰囲気を再現した待合室が観光客を迎えます。「日本の駅100選」に選ばれています。

旧尾藤家
与謝野 旧尾藤家

尾藤家住宅は、江戸末期の文久3年(1863)に建てられた生糸ちりめん商家で、その離れには昭和初期に増築されたお洒落な洋館もあります。尾藤家の代々の当主は、江戸期は、大庄屋や庄屋、明治以降は丹後銀行頭取、加悦鉄道社長、加悦町長などを務め、地域社会をリードした丹後を代表する名望家です。京都府指定文化財

江山文庫
与謝野 江山文庫

与謝野町立江山文庫は、豊中市の故里見恭一郎(俳号:玉兎)先生から寄贈を受けた数多くの短歌・俳句の関係資料を保存活用し、地域文化の振興を図ることを目的として建設され、平成6年10月に開館しました。本町は、与謝蕪村の母の出生地と伝えられ、蕪村自身も一時期を町内の施薬寺で過ごしました。また、与謝野鉄幹の父・礼厳のふるさとでもあり、鉄幹・晶子もこの地を訪れています。

滝の千年椿公園
与謝野 滝の千年椿公園

推定樹齢1200年、日本最古のクロツバキと言われています。3月下旬から4月下旬にかけて開花し、満開時に濃紫紅色の花が緑の枝葉の間を埋め尽くすさまは壮観そのものです。京都府指定文化財・天然記念物に指定されています。
また、椿文化資料館 は滝のツバキにちなみ、ツバキに関する貴重な絵画や書、陶磁器などを展示しています。ツバキの種類・歴史について学べる学習コーナーも設けています。

古墳公園
与謝野 古墳公園

与謝野町古墳公園は国史跡「蛭子山古墳」と国史跡「作山古墳」を1600年前の状態に復元整備した古代歴史公園です。蛭子山古墳は4世紀後半頃に築造された全長145mの大型前方後円墳で、丹後地方の大首長の墓です。古墳は昭和4年に調査され、翌5年に国史跡に指定されました。その蛭子山古墳と谷ひとつはさんで位置する作山古墳は5基の中形古墳で構成され、4世紀後半から5世紀初めにかけて築造されたものです。5基の古墳はその墳形が円墳・方墳・前方後円墳というように、古墳の代表的な形がひとつの丘にそろっています。蛭子山古墳と同時期に調査、国史跡に指定されました。この復元整備事業はまず各古墳を発掘調査し、次にその古墳上に土をかぶせて遺構を保護し、その上に調査結果に基づいて築造当時の古墳を正確に復元したものです。

あじさい公園

川辺一帯に咲き誇る「あじさい」は絶景。

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宮津エリア
カトリック宮津教会
宮津 カトリック宮津教会

洗者聖ヨハネ天主堂ともいわれ、フランス人のルイ・ルラーブ神父が1896(明治29)年に造った木造の教会で、毎週ミサの捧げられる現役の聖堂としては、日本で最も古いものとされています。内部の床は畳敷きという和洋折衷のロマネスク風様式の教会、堂内を明るく照らすステンドグラスはフランスから輸入したもので、1280枚あります。この教会は観光施設ではなく多くの方が礼拝に訪れる宗教施設です。

重要文化財旧三上家住宅
宮津 重要文化財旧三上家住宅

三上家は屋号を元結屋(もっといや)といい、江戸時代において宮津城下有数の商家のひとつで、酒造業・廻船業・糸問屋等を営む一方で、宮津藩財政や宮津城下の町政に深くかかわっていました。天明3年(1783)の火事で焼失したことから、主屋棟は外部に面する柱を塗りこめる大壁造・土扉を設け耐火構造としています。座敷等は非常に質の高い贅を尽くしたものとなっており、天保9年(1838)には幕府巡見使の本陣となり、慶応4年(1868)には山陰道鎮撫使・西園寺公望の宿舎にもなりまし。た平成元年に京都府指定有形文化財に指定され、平成15年には主屋をはじめとする8棟が国の重要文化財に指定されました。その間、平成12年には庭園が京都府指定名勝となっています。

宮津市歴史資料館
宮津 宮津市歴史資料館 みやづ歴史の館

「北前船」の帆をモチーフにデザインされた外観の5階建ての総合文化施設です。2階は各種文化活動に利用できる多目的文化ホール1階・3階は設備・機能の充実した中央公民館である。2階から4階まで北側に総ガラス張りの展望ロビーを設置し、天橋立が眺望できます。

金引の滝
宮津 金引の滝

金引山にかかり、滝壼右手に不動尊堂が立ちます。夏は市民・観光客納涼のメッカ。毎年7月最終日曜日には金引の滝火祭りが行われます。

天橋立雪舟観展望休憩所

天橋立が横一文字に見える・天橋立十景の一つ。獅子崎稲荷神社の赤い鳥居を登った上にあずま屋があり、宮津湾を隔てて天橋立を見ることができます。雪舟の水墨画・国宝「天橋立図」は、ここからの眺めを描写されたといわれています。

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伊根・京丹後エリア
琴引浜
伊根・京丹後 琴引浜

網野町の北東部に位置する琴引浜は、全長1.8kmの白砂青松の大変美しい海岸です。浜の砂は「鳴き砂」と呼ばれ、足をするようにして歩くと‘‘キュッキュッ‘‘という音がする事からその名がつけられました。浜の一部には踏めば‘‘ドンドン‘‘と太鼓の音の様に鳴る場所もあり独特な風情が楽しめます。

鳴き砂の館
伊根・京丹後 鳴き砂の館

琴引浜鳴き砂文化館は、(財)日本ナショナルトラストが整備を進めている全国6番目のヘリテイジセンターとして建設されました。世界で初めての鳴き砂をテーマにした体験学習施設といわれています。琴引浜周辺の地元の住民の皆さんが協力し手作りで仕上げられた展示品がいっぱいです。琴引浜の鳴き砂はもちろん、世界の鳴き砂についても学ぶことができます。

屏風岩
伊根・京丹後 屏風岩

筆石地区の海岸に屏風のようにそびえる高さ13mもある奇岩で、北西の方にかけて、小さい岩が5つほど海に浮かび、それらがちょうど一直線になっており、台地の亀裂の変化を物語っています。

古代の里資料館
伊根・京丹後 古代の里資料館

古代の遺跡が多い丹後。この資料館はパネルの展示で丹後町の歴史や人々の暮らしなどを紹介。

新井の千枚田
伊根・京丹後 新井の千枚田

朝日を受けて日本海を望む斜面に築かれ田が輝く光景はとても美しく圧倒されます。

伊根の舟屋
伊根・京丹後 伊根の舟屋

舟屋は、母屋から道路を挟んで海際に建てられ、1階には船揚場、物置、作業場があり、出漁の準備、漁具の手入れ、魚干物の乾場や農産物の置き場等と幅広く活用されています。2階は生活の場、客室、民宿等に活用されています。海面すれすれに建てられた舟屋は全国でも大変珍しく、その景観は伊根町独特の詩情を漂わせています。

経ヶ岬灯台
伊根・京丹後 経ヶ岬灯台

丹後半島の先端、海抜140mの断崖に立つ経ヶ岬灯台は京都百景に選ばれた景勝地。
映画「新・喜びも悲しみも幾年月」の舞台にもなりました。明治31年(1898年)12月25日に初点灯。以来今日まで1世紀以上、日本海を行き交う船舶の安全を守り続けてきました。 マリンブルーの海を背にした、このフランス製の白亜の灯台は丹後町のシンボルとして多くの方々に親しまれています。光源はメタルハライドランプを使用し、光達距離は約55km。レンズは全国で6灯台しかない最高級の第1等レンズを使用しています。
経ヶ岬の由来は、昔、岬に悪竜が住みつき、暴れまわり、海は大荒れに荒れ続き、船人や漁師を困らせていました。人々は困り果て、大陸の文殊菩薩にお願いしました。文殊菩薩は経をもって、悪竜と長い間戦いました。やがて、菩薩の教化で悪竜は善竜になりました。そして、二度と再び悪竜にならぬよう一万巻のお経を納めたことから経ヶ岬という名前がつきました。 
また沖を通る船から見ると、経ヶ岬の海岸は、玄武岩が崖状になって岐立しており経本のように見えるので、船人達がここを通る時、安全を祈り、お経を唱えながら通ったのでこの名がついたともいわれています。

立岩
伊根・京丹後 立岩

竹野川河口の砂洲に大きな柱状摂理の玄武岩がそびえ立つ。周囲が約1qにも及ぶ全国屈指の一枚岩柱状摂理の玄武岩の姿は圧巻。ここは、古代に大陸からの渡来船が漂着したところといわれる。また、用明天皇の皇子で聖徳太子の異母弟といわれている麻呂子親王の鬼退治伝説の地でもある。近くには、水が美しいことで有名な後ヶ浜海水浴場(のちがはまかいすいよくじょう)があります。

袖志の棚田
伊根・京丹後 志の棚田

袖志は半農半漁の集落で、地元農家で維持管理されてきました。日本の棚田100選にも選ばれており平成9年度に「中山間ふるさと・水と土保全基金」活動の一環として、棚田保全について地域づくりを進めてきました。

丹後松島
伊根・京丹後 丹後松島

此代から東方、経ヶ岬の方を見る眺めが日本三景のひとつ「松島」に似ている事から、こう呼ばれるようになりました。リアス式海岸の奇岩怪岩がつくりだした、この丹後随一の景勝地には、海水浴場がありリゾート地としても人気があります。

丹後松島展望所

丹後松島展望所(犬ヶ崎トンネルの東口)から平海水浴場を見下ろすと、日本三景のひとつ「松島」にそっくりなことから、丹後松島と呼ばれるようになりました。経ヶ岬を一望できる景勝地。展望台には、桜の木があり、春は丹後松島をバックに見る桜も絶景。

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